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フィル・ハンセンのトークを見て

 
前回掲載したフィル・ハンセンのトーク。発見してから2週間ですが、6回くらい見ています。

(ココからはワタクシがなぜ彼のトークにこんなにも魅せられたか、彼のどんなところがすばらしいと思ったのかを長〜く書きます。まだ彼のトークを見てない方で、ご興味があれば8月10日の記事掲載リンクからご覧下さい。)

ワタクシ、中西部在住時代に大学でアート(彫刻)を勉強しておりました。別に芸術家になりたいと思っていたわけではありません。大人だったくせに後先考えずに、その時勉強したかったことをチョイスしてしまったのです。

上手い下手は別として、作品の創作にはものすごくのめり込んでいました。それこそ毎日朝から晩まで工房にいるので、周囲から「住所をここに移した方がいいぞ」と言われていたほど。食事をとるのもお手洗いにいくのにも時間が惜しかったものです。好きなことをしていたので、毎日が楽しくて楽しくてしかたありません。本当に充実していました。大学を卒業してからも、「単位なしの聴講のみ」というカタチで彫刻のクラスを受講。工房通いのアクセスをゲットして、地道に好きな題材で好きなものを作っていました。

そんなに大好きだった作品作りですが、8年前にカリフォルニアに移ってからは何も作っていません。

「制作をする場所がない」というのが、ワタクシの最大のエクスキューズ(言い訳)です。

中西部では学校の工房だけでなく、自宅の地下室でも制作をしていました。当時住んでいた家は地下にコンクリート張りの大きな部屋(と未完成な空間)があったのです。カーペットも家具もなく掃除も簡単なので、そこで石や木を削ったりヤスリをかけたり。

だけど、南カリフォルニアの住宅事情は違います。中西部の家(↑)の半分以下の面積で値段は倍!地震がある地域のせいか地下室がある家はまずありません。外の「パティオ」も猫の額にもならない広さ。BBQグリルとテーブル&椅子を置くと身動きが取れません。それにタウンハウス形式の我が家は5件長屋スタイル。削ったり彫ったりはできたりしてもホコリがたつヤスリをかけることはできません。

それでも「何か作りたい」と思って手を出したのは、ジュエリーや編み物。だけど、本来大きなもの(例:高さ3メートル/長さ2メートルの鉄パイプを使った揺れる竹やぶ)を作るのが好きなワタクシ。小さい細やかな作業はどうしても飽きるんです。ビーズと針と糸とペンチ/毛糸と編み棒ではなく、石や木とのみとカナヅチとヤスリのほうが好きなんです。

「何か作りたいけど、できない」、「何を作ったらいいのかわからない」と悶々としてました。でも、会社勤めをしていた時はまだよかったんです。「フルタイムで仕事をしているから」という聞こえのいい言い訳があったから。だけど、失業してからは時間がたっぷりあります。ボランティアを始めても、パート社員になった今でもとってもヒマな日々を過ごしています。でもだからといってスペイン語がペラペラになる程勉強もしていません。毎日自分でも「廃人」かと思うくらいダラけた生活です。

そんな時に見つけたのがフィル・ハンセンのトークです。

限界は創造性の源」と彼は言いました。彼は手の神経が弱り、まっすぐな線がかけなくなってしまった芸術家です。手に支障がでてきた頃はとてもショックで落ち込んだ彼。悩んだ日々を過ごしていました。でも決して治らないのなら、その事実(手の震え)を受け止めるしかない。色々なことを試みながら、まっすぐな線が書けなくてもアートの創作はできることを思い出します。

seurat_sunday01.jpg
グランド・ジェット島の日曜の午後(ジョルジュ・スーラ)

例えば、印象派の画家ジョルジュ・スーラは点で巨大な作品を描いたこと(↑)など。




フィル・ハンセンの作品(の一部)紹介。

lee.jpg
空手チョップのみで描いたブルース・リー。

monaliza.jpg
ハンバーガーのぎとぎとの脂で描いたモナリザ。

jimmy.jpg
マッチ棒で作ったジミー・ヘンドリックス。仕上がった後に火をつけて燃やし残っていない。

starbacks.jpg
スタバの紙コップ44個に描いた肖像画。

winehouse.jpg
凍ったワインで描いたエイミー・ワインハウス。溶けたので残っていない。

この他にも、震える手が持つペンのぐにゃぐにゃな線だけ、インクを付けた足の裏でだけ、口からペッと吐き出した食べ物だけで・・・など色々な技法で描いた肖像画たち。「グッバイ・アート」と題して、カタチに残らない(上のジミー・ヘンドリックスなど)色々な奇想天外なアイディアで自己のアートを表現していくフィル・ハンセン。

ワタクシはたまたま過去にアートを勉強し、その部分を彼と(勝手に)共有しています。だけど、彼の言っていることは日々の生活の暮らしも同じだと思うのです。「〇〇がないから」、「××でないから」という制約。でもそこでギブアップしてしまうのはとっても簡単。「制約の中で創造性を高めるのは難しい」とフィル・ハンセンも言っています。だけど「ない」のが現実ならば、「創造性」を使えばいいんです。「〇〇がない→だけど△△はある」、「××でない→△◯△はある」。

圧力鍋がないから弱火でじっくり煮込む。紙皿がないからコーヒーフィルターを広げてお皿にする。髪留めがないから鉛筆でかんざし。「スケールが違う」と思われるかもしれませんが、これ全て創造性の問題だと思うのです。「ない」ことを悲観するより「代用」を探す。そうすることで日々の生活が少し気楽になる気がします。

とりあえずワタクシ、この週末にはガレージの奥にしまい込んである彫刻刀を出そうと思います。大きな石や木は使えないけど、小さな木彫りや2Dの木版画か何か。フィル・ハンセンのトークに出会ったお陰で廃人から脱出できそうです。


Have a Happy Life! 



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テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

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非公開コメント

No title

へぇ~そんな過去があったんですね。
しょうがさんがトークに感銘を受けたのも納得です。
芸術家にとって刺激を受けることって大事なんですね。
何を為すでもなくやりたいからやる。
それでいいんでしょうね。

ぜひガレージアート完成させてくださいね。
日常生活という制約の中で、どんな作品ができるのか興味があります。
工房か倉庫でも借りられたらいいのでしょうけど、それじゃぁ制約を克服したことにならないですよね。l

No title

長年のしょーがさんのもやもや。
氏のトークのおかげで廃人から脱する一歩を踏み出せて、良かった。^^

私も厄介な制約の中に還って、一から出直しよ。
堂々巡りのエクスキューズにも飽きたしね。笑

しょーがさんの渾身の作品、いつか見せてね。^^

No title

ないことを悲観するより代用を探す
いい言葉です!
創造することは無限ですよね(^^)

redeyesさんへ

コメントをありがとうございます。
私の場合、ずいぶん長く休んでいたので恥ずかしくて「芸術家」とは言えないです。近くにはアーティストが多い地域もあり、工房などを貸してくれるところもあるんです。でもそれをせずに、言い訳ばかりしていたのですから。
いまは、ちょっと色々遊ぶことから始めたいと思います。「言い訳」はもうなしです。

月子さんへ

コメントをありがとう♪
そうそう、廃人から脱出です。エクスキューズはなしね。
お見せ出来る様な作品はすぐにはできないかもしれないけど、「遊ぶ」ところから始めて何か楽しく作って行けたらいいなと思っています。

谷口冴さんへ

コメントをありがとうございます。
偶然にも出会ったこのアーティストのトーク。目が覚めました。
物語を創作する冴さん。「創造」することがお仕事、アーティストですね。
お互いに楽しく「創造」していきましょう♪
プロフィール

しょうが

Author:しょうが
住まい:南カリフォルニア(オレンジ郡)

日々嬉しく思ったことを中心に書いていけたらいいな。

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